G.U

ラダを着た悪魔 という映画を見たことがあるでしょうか。有名なタイトルなので表題は聞いたことがある、という方も多いと思います。

胸のすくようなアクション・シーンはないのですが、メリル・ストリープの演技が真に迫っていて僕は好きな作品です。ババア(失礼)がかっこいいストーリー、好きなんですよね。

 

これは女性ファッション誌に携わるジャーナリストを描いた映画で、作中には様々なファッション・ブランドが登場します。表題にあるプラダ/最近よく聞くD&G/ジミー・チュウ/ヴィヴィアン・ウェストウッド/シャネル/エルメス/etc…僕には縁のないブランドがズラリですが。

 

映画に描かれる華やかな世界を見た後に、自分の服装を見るとため息が出るばかりです。

今着ているのも高校の頃のジャージにどこで買ったのかすら覚えていないポロシャツですし、普段着用している服もH&M/G.U/ユニクロ…つま先からてっぺんまでファストファッションがてんこ盛りです。仮に明日「ランウェイ(作中に出てくる女性誌)」の面接を受けられることになったとしても、メリル・ストリープに会うことすら叶わないでしょう。

 

しかし、自慢ではありませんが僕はそれなりにファッションのセンス(知識ではない)は持っていると自負しています。

かつては月1でファッション誌を購読していましたし、いまでも毎週末は都会に出かけ(やることがないので)ウィンドウショッピングをしているので、世間一般との間に大幅なファッションの乖離はない、はずです。

 

にも拘らず、いったいなぜ僕はド派手な花柄があしらわれたシャツを買ったり、10万円近い金額をかけて裏地が真っ赤なスーツを作ってしまったり、胎盤よりも真っ赤な色のダウンジャケットを購入したりしてしまうのでしょうか。前世は闘牛か何かなのでしょうか。さぞ弱い牛だったことでしょう。

 

思うに、一つの理由として買い物をするとき、あまりにも自由過ぎることがあると思います。

僕は独り身で、住んでいる土地には友人もごく少ないので、大抵の買い物は一人で済ませます。そうなると店選びから品物選びまで全ての選択権は自分にあるわけですね。

勤労を美徳とし、倹約家で目立つことを好まなかった父に厳しく育てられた反動で、僕は「何物もデカくて派手であればあるほどよい」 と思っているフシがあるため、その場にあるうち最も派手で巨大なものに吸い寄せられる習性があります。そうなると大体は地域で一番デカいファッションビルとか、最もギラギラしているブランド店舗なんかに吸い寄せられるように入ってしまい、店員の美人さんにノセられて、上にあげたような異常な品物(しかも、大体クソ高い)を購入してしまうわけですね。自由さは罪です。

 

ところで、話が変わりますが僕はいわゆる「ヒッピー」的な思想が苦手です。

はっきり嫌いと言ってもいいかもしれません。

一口にヒッピー的とまとめるのはあまりにも雑な分類ですが、ここで指しているのは...

端的に言えば以下のような文言に示される精神性です。

 

「あなたがそれをしなければならないとき、あなたがそれを望むとき、いつでもあなた自身のことをしましょう。 すでに、あなたが知っているように、ドロップアウトし、 社会を離れてみる。完全に身をまかせてみる。 あなたのまわりにいるまっすぐな人の心を吹き飛ばしちゃいましょう。 それはドラッグによってではなく、美しさ、愛、正直、楽しさによって―」(wikipedia「ヒッピー」の項目より抜粋)

 

なんとなく理解してもらえたでしょうか。文章としてきっちり表現することができないのがもどかしいのですが。

ドロップアウト、社会から離れてみる」のは個々人の自由だと思いますし(僕もいずれそちら側に行くことでしょう)、「美しさ、愛、楽しさ」を重視するのも人生において大切なことだと思います。

ただ、それで「まっすぐな人の心を吹き飛ばしちゃいましょう」ってあたりが気に食わないんだと思います。

 

持論になってしまうのですが、人間の本質/美しさとは苦境に必死に耐える姿、現状を変えようともがく所にこそあると思うんですね。
欲しいものは手に入れるまでが一番楽しい、って経験はありませんか?悲惨な過去をTwitterで面白おかしく語っていいね稼ぎをしたことは?大炎上したプロジェクトを何とか終わらせて、メンバーと後で笑い話にしたことはない?振り返ってみれば受験勉強、結構楽しかったりしませんでしたか?職場をクビになって明日に怯えながら日々を過ごした経験は?

前の日記でも似たようなことを書きましたが。
ともかく、人間の本質とは苦境の中でこそ輝くもので、一概に回避すべきものではないと思うのです。なので、そういった苦境を回避(あえて「逃避」とは言いませんが)して自分たちの世界観を至上とする考え方とは相容れないなあ、と感じているのでしょう。

そういうわけで、賛同者の間だけで楽しむならまだしも「美しさ、愛、楽しさ」で「まっすぐな人の心を吹き飛ばしちゃいましょう」なんてのは大きなお世話だと思うのですね。



かつ、ヒッピー的な価値観の人はサブカルチャー/マイナーカルチャー(まともな友人がいる人間はまず知らない文化)に傾倒している傾向があって...そう言った方の「美しさ、楽しさ」はパッと理解し難いものである確率が高く、もはや理解できない何かの押し付けを食らっている気分になるわけです。宗教の勧誘に近いものを感じる。

 

もちろんこのご時世、そこまで押しの強い人はそうそういるものではないですが。

しかし、本人たちが意図しなくともこちら側がそういった押し付けを受け取ることはSNS社会ではよくある話で...残業上がりにtwitterを見ていたら、何処の馬の骨とも知れない大学生の「〇〇で優勝したことないやつありえん笑」(〇〇にはヴィレッジバンガードで見つけた適当な商品名を入力してください)なんてRTがマッシュくん/金髪ボブのロンスカちゃんの自撮り付きで回ってきたところを想像してください。
ちょっとイラつきませんか?僕はかなりイラつきます。

 

要は自分たちの世界こそが素晴らしいものだ、という妄信と、それを周囲にアピールする行為が気に食わないわけですね。書いていてすっきりしました。

オプザイルとかにも似たようなことが言えます。
まあ同じことはアニメオタクにも全くそのまま当てはまるので、人の振り見て我が振り直せ...でもあるんですけど。

・・・ところで、ヒッピーに特徴的な文化として、一つファッションが挙げられます。
男性の長髪なんかは有名ですが、より現代風なところとしては...

 

www.mine-3m.com

 

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実はヒッピーだったのかもしれません。僕。